|
沖縄県南部の南風原町は琉球絣の最大の生産高を誇っている。
盛んに織られるようになったのは大正7〜8年頃といわれている。
1914年(大正3年)南風原尋常小学校に女子補習学校が併置され、染織の教師として熊本県出身の金森市六氏が招かれた。市六氏が女子補習学校で熱心に染織技術の指導にあたったのがこの地で盛んに織られるきっかけといわれている。
氏は退職後、現在の南風原町宮平や山川で織物工場を経営し、南風原の織物産業の発展に貢献した。
その功績もあって、現在では琉球絣の最大の産地となっている。
かつては木綿の紺絣が主流であったが、今日では絹を素材とした色絣が多くなっている。
|