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| ▲南派少林拳の重鎮、周子和 |
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| ▲上地流開祖、上地完文 |
1897年、20歳の時に中国福建省福州にわたり、南派少林拳の重鎮・周子和(1874年〜1926年)に師事し、13年間におよぶ厳しい修行をつんだ「上地完文(1877年〜1948年)」を開祖とする。彼は、その後免許皆伝の後帰国して和歌山県和歌山市に転出し、1925年に上地流空手道の前身「パンガイヌーン流唐手術研究所」を名乗り、道場を本格化した。1940年、上地完文の姓をそのまま流派名とし、上地流と改名した。
凄絶なまでに磨ぎすまされた拳技の持ち主だった上地完文の教えは、伝統保持者としての頑健性と少数精鋭の厳選主義でもあり、入門者は保証人をたてて入門を許可し、その修練も同門以外には稽古風景も見せなかったと言われている。また、道場外の他人の前で演武することも堅く禁じられていた。
上地流の技法上の体系は、周子和直伝の「三戦(サンチン)」「十三(セイサン)」「三十六(サンセーリュウ)」などの三つの型を基軸に、戦後生み出された「完子和(カンシワ)」「完周(カンシュウ)」「十戦(セイチン)」「十六(セイリュウ)」「完戦(カンチン)」の五つの型に組手を加えて完成された。その特性は「龍」「虎」「鶴」の三種の動物の攻防原理を体系化したものと言われている。 |
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