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| 1967年、日本人のツールともいわれている「港川人」の人骨が、具志頭村港川の海岸近い砕石場で発見された。この人骨は、約1万7000年から8000年頃のものと推定されている。約5〜9個体分が検出されているが、国内で発見されている更新世化石人骨の中でも保存状態に恵まれ、全体の形がよくわかるのは、港川人だけである。身長は約153〜155cmで、体つきは全体的に小柄で腕は細めなのに対して手は大きく、腕力もかなり強かったようである。頭骨は現代人よりもやや大きめで、頬骨が張り、鼻筋が高く、掘りの深い顔つきを持っている。その身体的特徴からインドネシアのジャワ島の「ワジャク人」や中国南部地域の「柳江人」にも似ていると指摘されていることから、「港川人」は、広義の東アジア海岸域の海洋適応集団に属していたという見解もみられる。いずれにせよ「港川人」は、日本人のルーツを探るうえで重要な存在といえる。「港川人」は、縄文人とほぼ同じ特徴をもっていることから、港川人が琉球列島から本土へ渡り、縄文人になった、つまり日本人の祖先として現在のところ位置付けられている。しかし、それが沖縄人の祖先になったかまだ明らかにされてはいない。 |
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