与那国島の暮らしとマップ
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パイパティローマ伝説  

波照間島には、島の遥か南の彼方に「パイパティローマ」と呼ばれる楽園が存在するという伝承が残っている。「パイ」とは、「南」、「パテイローマ」とは「波照間」の意味で、つまり「南波照間」ということになる。沖縄には、海上の遥か彼方に神々が住む「ニライカナイ」と呼ばれる楽土があるという伝承がある。この「パイパティローマ」もまた、海の遥か彼方に思いをよせた人々が夢見た島であった。事実、島民の中には、厳しい重税に絶えられず、楽園「パイパティローマ」を目指した者達がいたことが記録として残っている。『八重山島年来記』には、波照間村の平田村の百姓40〜50人ほどが人頭税の重圧に耐え切れず大波照間島という南の島へ逃げ出したという内容が記されている。重税という苦しい現実から逃れたいという島民の思いが、この南の楽園「パイパティローマ」伝説を生み出してきたともいえよう。しかし、この南の楽園「パイパティローマ」は、単なる伝説上の楽園にとどまらず、実存する土地としていくつかの候補地が上げられている。たとえば、台湾、台湾の離島である蘭嶼島(らんゆうとう)、ルソン、セブ、マラッカなどで、これら国々と波照島の密貿易を示唆するような指摘もなされている。たとえ、「パイパティローマ」が実存しない土地であったとしても、この伝説は、人々の南への憧れから生み出され、熟成された説話として今日でも人々の間で語り継がれている。 与那国島の「ハイドナン伝説」もこれに類するものである。

 
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