みんなで食べる文化
沖縄でも、正月こそ旧正月から新正月になり、ずいぶん現代風になりましたが、その一方で、今でも清明祭や旧盆の主役はご先祖様であり、墓や仏壇が祭りの中心にあります。そこに供えられる食べ物も、地域や家々で多少の違いはあるものの、こうでなければならない、という決まりがしっかり息づいています。清明祭や盆には市場のかまぼこ店の前に行列ができますが、その列に並ぶことで、すでに共食と同じような共同体の意識を分かち合えたりします。文化人類学者の比嘉政夫氏は「先祖や神などの供え物に一定の形式や内容が求められるのは、それが祖先や神との交流のメディア(媒介するもの)と考えられているからであり、供え物の内容にこだわるのは、それでなければ祖先は納得しないし、神との交流も成立しないと意識しているからである」と述べています。
かつては子供が生まれた家では、ご飯とタームジ(田芋の茎)の汁を大鍋にいっぱい作り、祝いに訪れた人はもちろん、近隣の子供や通りすがりの人にもふるまったそうです。「新しくこの世に生を受けたこの子を、どうぞよろしく」という家族の思いが込められていました。また、つい先日耳にした話ですが、あるヤマトゥンチュが通りを歩いていたら、見知らぬ人に呼び止められ、棟上げの祝いの山羊汁をふるまわれたとのこと。きっとカリー(嘉例)な家が建つことでしょう。

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